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東京地方裁判所 昭和60年(モ)1596号 判決 1987年5月26日

申請人

小安裕吉

五十嵐誠司

松崎茂

吉田理

木下智守

右訴訟代理人弁護士

岡田和樹

金井克仁

渡辺正雄

上条貞夫

坂本修

高橋融

西村昭

小林亮淳

秋山信彦

永盛敦郎

山本真一

柳沢尚武

小木和男

牛久保秀樹

井上幸夫

今野久子

小部正治

前田茂

志村新

橋本佳子

青木信昭

小林譲二

被申請人

新興サービス株式会社

右代表者代表取締役

板倉豊文美

右訴訟代理人弁護士

成冨安信

青木俊文

田中等

高橋英一

中町誠

中山慈夫

髙見之雄

八代徹也

主文

申請人らと被申請人間の当庁昭和五九年(ヨ)第二三七八号地位保全仮処分申請事件につき、当裁判所が昭和五九年一二月二七日なした仮処分決定はこれを認可する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  申請人ら

主文と同旨

二  被申請人

1  主文第一項掲記の仮処分決定はこれを取り消す。

2  申請人らの本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。

3  訴訟費用は申請人らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  申請の理由

1(一)  被申請人は、昭和二八年に設立された株式会社であり、コンピューター周辺機器の保守サービス及び販売を主たる業務とし、資本金は七六〇〇万円、従業員は約三七〇名を有し、肩書地に本社を置き、札幌、東京、大阪などに二一の出張所及び約四〇の駐在所を有している。

(二)  申請人らは、いずれも被申請人の従業員であり、昭和三七年一〇月に結成され、同五九年八月総評全国金属労働組合に加盟した同組合東京地方本部新興サービス支部(以下「組合」という。)に所属する組合員である。

2  申請人らは、毎月、前月二一日から当月二〇日までの賃金を当日二八日に支給を受けることとなつており、昭和五五年一一月当時の申請人らの賃金月額は別紙賃金目録(二)記載のとおりである。

なお、申請人らの昭和五五年一一月分の賃金については別紙賃金目録(一)記載の金額が未払となつている。

3  ところで、申請人らは、昭和五九年一一月一五日、被申請人からいずれも同日付けで懲戒解雇の意思表示(以下「本件懲戒解雇」という。)を受けたが、後記のとおり本件懲戒解雇は無効であり、申請人らは依然として被申請人の従業員としての地位及び賃金請求権を有するところ、申請人らはいずれも被申請人から支給される賃金のみによつて生活している労働者であるから本件賃金は欠くことのできないものであるばかりか、社会保険上の医療のうえにおいても重大な危機にさらされ、また、組合活動のうえでも重大な打撃を受けることは確実であるので、本案判決の確定を待つていては回復し難い損害を蒙る。

4  そこで、申請人らは「申請人らが被申請人に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。被申請人は申請人らに対し、別紙賃金目録(一)記載の金員及び昭和五九年一二月以降本案判決確定に至るまで毎月二八日限り別紙賃金目録(二)記載の金員を仮に支払え。」との仮処分を申請したところ、「被申請人は申請人らに対し、別紙賃金目録(三)記載の金員及び昭和五九年一二月以降本案第一審判決言渡しに至るまで毎月二八日限り別紙賃金目録(四)記載の金員を仮に支払え。」との主文第一項掲記の仮処分決定をえたから、その認可を求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1の(一)は認める。同(二)のうち、申請人らがいずれもかつて被申請人の従業員であつたことは認めるが現在従業員であることは否認する、その余の点は知らない。

2  同2は知らない。

3  同3のうち、被申請人が申請人らに対し本件懲戒解雇をなしたことは認める、本件懲戒解雇が無効で申請人らが被申請人に対し従業員としての地位及び賃金請求権を有することは争う、その余の点は知らない。

三  抗弁

被申請人は申請人らに対し、申請人らが述べているとおり本件懲戒解雇をなしたが、その理由は次のとおりである。

すなわち、被申請人は申請人らに対し、昭和五九年一〇月二四日、同月二五日付をもつて別紙配転目録記載のとおりの配転命令(以下「本件配転命令」という。)をなした。ところが申請人らは、いずれも正当な理由がないにもかかわらず本件配転命令に従わなかつたので、就業規則四九条(従業員は、会社が業務の都合で転勤、……または職場、職種の変更を命じた場合は、正当な理由がない限りこれに従わなければならない)に違反する。そこで、被申請人は申請人らに対し、就業規則六七条一項(職務を怠り、業務上の指示命令に違反したとき)、七三条七号(その他前各号に準ずる不都合な行為があつたとき。なお、同条には懲戒解雇の理由として一号から七号までの定めがあり、その一号には「正当な理由なしに、引続き無断欠勤一四日を超えたとき」と規定されている。)に基づき本件懲戒解雇をなしたものである。

四  抗弁に対する認否

認める。

五  再抗弁

組合は被申請人に対し、昭和五九年一〇月二三日、同月二五日以降本件配転命令の撤回を要求して本件配転対象者である申請人ら五名にストライキ権を行使させる旨を通告し、申請人らはいずれも同日以降同年一一月一五日までストライキ権を行使した(以下「本件ストライキ権の行使」という。)。

このように申請人らは本件ストライキ権の行使として本件配転命令を拒否したのであるから、この拒否を理由としてなされた本件懲戒解雇は、労働組合法七条一号・三号に該当する不当労働行為として無効である。

六  再抗弁に対する認否

本件懲戒解雇が申請人ら主張のように不当労働行為として無効であるとの点は争う。その余の点は認める。

本件ストライキ権の行使は、単に配転先で就労しないというにとどまらず、これ以上に積極的に本件配転命令自体をも妨害・阻止する意図の下になされたこと、そもそも経済的地位の向上を図るというのではなく、本件配転命令自体を拒否するという目的の下になされたものであるから、ストライキ権の行使に名を借りたものであり、正当なストライキ権の行使の範囲を逸脱した違法なものである。

第三  疎明関係<省略>

理由

一申請の理由1の(一)の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によると、申請人小安は被申請人に昭和四四年四月一日雇用され、同五九年三月一日から本件懲戒解雇に至るまで東京出張所第二営業課に勤務していたこと、申請人五十嵐は、被申請人に同四三年四月一日雇用され、同五七年七月一日から本件懲戒解雇に至るまで本社保全部業務課主任として勤務していたこと、申請人松崎は、被申請人に同四四年四月一日雇用され、同五九年三月一五日から本件懲戒解雇に至るまで東京出張所第一営業課主任として勤務していたこと、申請人吉田は、被申請人に同四三年四月雇用され、同五七年六月一日から本件懲戒解雇に至るまで同出張所同課主任として勤務していたこと、申請人木下は、被申請人に同四七年四月一日雇用され、同五〇年九月一日から本件懲戒解雇に至るまで同出張所第三保全課に勤務していたこと、申請人らはいずれも組合員であり、申請人小安は支部執行委員長の地位に、申請人五十嵐は執行委員の地位に、申請人松崎は東京支部支部長の地位にあること、以上の事実を一応認めることができ、この認定に反する疎明はない。

二抗弁事実は当事者間に争いがなく、再抗弁事実のうち、組合は被申請人に対し、昭和五九年一〇月二三日、同月二五日以降本件配転命令の撤回を要求して本件配転対象者である申請人ら五名にストライキ権を行使させる旨を通告し、申請人らはいずれも同日以降同年一一月一五日まで本件ストライキ権を行使したことは当事者間に争いがない。

そこで、本件の争点である本件ストライキ権の行使の正当性について検討する。

組合が使用者の従業員に対する配転命令を不当として争議行為を実施するに際し、争議手段として配転対象者の労務不提供という手段を選択し、当該従業員がこの指令に従い配転命令を拒否して新勤務に従事しないという争議行為に出でたときは、当該争議行為は、労務不提供にとどまる限り、正当性を有するものと解すべきである。

これを本件について検討するに、<証拠>を総合すると、次の事実を一応認めることができ、この認定を左右するに足りる疎明はない。

組合は申請人らをして本件ストライキ権の行使をなさしめたのであるが、その理由は、本件配転命令が申請人木下以外については異職種配転であり、申請人木下については遠隔地配転であるので不当労働行為意思の下になされたものと考えたこと、本件配転命令に関しては労働協約に基づいた事前協議が全くなされていないので協約違反があると考えたことによるものであつた。

ところで、組合と被申請人とは、本件配転命令に関し、同年一〇月一一日を第一回として同年一一月一五日まで八回に亘り団体交渉をしたが、同年一〇月一一日、同月一五日、同月一八日、同月二三日及び同月三〇日の団体交渉において、組合は本件配転命令の全面的な撤回を主張し、被申請人はこれを拒絶したことから何らの進展もなかつた。しかし、同年一一月六日の第六回団体交渉において、組合は、申請人木下の配転命令を受け入れることはできないが、その余の申請人らについては条件次第で配転命令に従う用意がある旨を表明し、これに対し被申請人は、申請人らのうち本件配転命令の結果主任職を外されることとなる者については従前支給していた一か月三〇〇〇円の主任手当に相当する金額を何らかの形で支給するよう保証するが、それ以外については譲歩の余地がない旨の回答をした。その後、組合と被申請人とは、同月九日の団体交渉を経て、同月一五日の第八回団体交渉において、組合が、申請人木下を除く申請人四名については、労働委員会において本件配転命令の効力を争う権利を留保したうえ、同月一九日以降本件ストライキ権の行使を解除し、本件配転命令に一応従い新任地において就労させる、申請人木下については、本件配転命令の効力を留保し、労使交渉を継続させる旨の提案をしたが、被申請人は、この提案には応じられない旨回答し、組合からの団体交渉継続の要請を拒絶して一方的に交渉を打ち切る旨通告し、同時に本件懲戒解雇をなした。

なお、組合は、本件配転命令発令後東京都労働委員会に不当労働行為の救済申立てをなしたが、同委員会は被申立人に対し、同月一三日、組合の実行確保の申立てに基づき本件配転対象者である申請人らが指名ストライキ中であり、本件配転命令をめぐりこれ以上紛争を拡大することのないよう要望する旨の要望書を交付していた。

右認定事実によると、本件ストライキ権の行使は、組合が本件配転命令を不当労働行為であると考えてその撤回を要求する組合の指令に基づいて実施されたものであるから、その目的において正当であるばかりか、その手段においても本件配転命令自体を拒否して配転先の勤務に従事しないという労務の不提供にとどまるものであるから、正当というべきである。

被申請人は、本件ストライキ権の行使はその権限を逸脱した違法なものである旨主張するが、本件ストライキ権の行使目的が本件配転命令自体を拒否するものであることをもつて被申請人の主張するように違法であるといえないことは前述したとおりであり、本件ストライキ権の行使目的が被申請人の主張するように経済的地位の向上を図るものではないということもできない。他に本件ストライキ権の行使がその範囲を逸脱したことを認めるに足りる疎明はない。

してみると、本件懲戒解雇は申請人らが正当な争議行為をしたことを理由としてなされたものであるから、労働組合法七条一号に該当した不当労働行為として無効というべきである。

三そこで、保全の必要性について検討する。

<証拠>によると、申請人らは、毎月、前月二一日から当月二〇日までの賃金を当月二八日に支給されることとされており、本件懲戒解雇当時の申請人らの賃金月額は別紙賃金目録(四)記載のとおりであること、昭和四九年一一月分の賃金については別紙賃金目録(三)記載の金額が未払となつていること(本件ストライキ権の行使による賃金削減対象は被申請人がなしたように諸手当を含んだ賃金ではなく、本給であること)、申請人らはいずれも被申請人から支給される賃金によつて生活を維持している労働者であつて、申請人小安は、妻と乳児一人の家族とともに被申請人から支給される賃金のみによつて家賃月額四万八〇〇〇円とその余の生計費を支出し、辛うじて生活を維持してきた状況にあること、申請人五十嵐は、妻と長女(昭和五〇年四月二日生れ)、長男(昭和五二年三月一一日生れ)の家族とともに家賃月額二万円の民間アパートに住み、妻は家計を助けるため経理関係の事務職員として働き、月額約一二万円の収入を得ているが、生計を維持するためにはこの収入のみでは足りず、同申請人の賃金が不可欠であること、申請人松崎は、独身で、老齢の母親及び兄とともに生活しているが、同申請人の生計は被申請人からの賃金のみで維持しており、同居者からの扶養を期待することはできないこと、申請人吉田は、妻と子供三人(昭和五一年四月一二日生れの長男、同五三年一月八日生れの長女、同五五年九月一四日生れの二女)の家族とともに家賃月額五万八〇〇〇円の民間アパートに住み、妻は月額約一〇万円の収入を得ているが、生計の維持には同申請人の賃金が不可欠であること、申請人木下は、独身で、兄弟姉妹四人と共同生活を営み、各人がそれぞれ生活費を負担しているが、同申請人には貯金がなく、同居者からの扶養を期待することも困難な状況にあること、以上の事実を一応認めることができ、この認定に反する疎明はない。

右認定事実によると、申請人らのため被申請人に別紙賃金目録(三)の未払賃金及び本案第一審判決言渡しに至るまで別紙賃金目録(四)の賃金の仮払を命ずる緊急の必要性があるものというべきである。

四よつて、本件仮処分申請に対する主文掲記の仮処分決定は相当であるからこれを認可することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官林  豊)

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